発泡スチロールリサイクル絵本「スチロー」
一般社団法人J-EPS Recycling協会と株式会社パナ・ケミカルは、45年の歴史を持つ日本発祥の発泡スチロールリサイクルJ-EPS Recyclingの記念すべき節目を迎え、その軌跡を讃える特別なプロジェクトを共同で進めてまいりました。
第一弾、発泡スチロールリサイクル絵本「スチロー」の制作です。
約45年前、築地市場の一角で始まった発泡スチロールリサイクルは、今や全国2000社以上に採用され、月間3000トン、累計150万トンもの発泡スチロールをリサイクルする大きな環となりました。これは、全国の発泡スチロールリサイクルのお客様と共に歩んできた証であり、誠に光栄に思います。
リサイクル処理機の導入とインゴット買取制度も、リサイクルの優れた成功事例として、日本国内外で広く認知され、多くのメディアや教育機関に取り上げられました。これらの成果は、お客様との協力と信頼に裏打ちされたものであり、その支援に感謝の意を表します。
発泡スチロールのインゴットは、かつてはVHSビデオカセットの原料として利用されましたが、現在では額縁、断熱材、靴底、パソコン周辺機器など、多岐にわたる用途に活用され、世界中で需要が安定しています。まさに、日本のプラスチック輸出資源となっているのです。
過去45年間、株式会社パナ・ケミカルは香港輸入禁止、リーマンショック、中国輸入禁止令など、さまざまな試練に立ち向かいましたが、お客様との連携を大切にし、困難を克服してまいりました。
最近では、バーゼル法の輸出規制に直面し、インゴットの輸出が危ぶまれましたが、バーゼル制定委員会に参加し、J-EPS Recyclingの実績と技術を環境省に認識していただき、発泡スチロールのインゴットの輸出が認められました。この成果は、お客様との協力と共に築き上げたものであり、誠に感謝しております。
発泡スチロールは世界的にリサイクルが難しいとされ、国連などからの禁止動議も存在します。そのため、一般社団法人J-EPS Recycling協会は、国内外で情報共有と発信を行っています。現在、200社以上の会員が参加しており、今後も啓蒙活動を強化し、情報やポスター、グッズの共有を進めてまいります。
このスチロー絵本を、J-EPS recyclingに関わるすべての関係者、そして日本の未来を担う子どもたちに捧げます。
一般社団法人 J-EPS recycling協会
株式会社 パナ・ケミカル
発泡スチロールリサイクル
10,000kmの旅
え おがわけんいち さく いぬかいけんと
ベルトコンベアーに乗せられて、
プラスチックの材料がだんだん発泡スチロールの箱になっていきます。
その中に、生まれたてのスチローがいました。
スチローが運ばれた先には、船や建物がありました。
たくさんの人で賑わっています。
「ここはどこだろう」
ドバドバドバドバ!
漁師さんが氷と魚をスチローに入れました。
「今朝は特別良い魚が取れたからなぁ、市場まで大事に運んでくれよ!」
スチローはトラックの中で、氷と魚を優しく抱いて眠りました。
「漁師さんは、僕に大事な魚を預けたんだ」
市場に着くと、おじさんが言いました。
「こりゃあいい魚だぁ!しかも新鮮なまま。発泡スチロールってすごいなぁ。ありがとう!」
スチローはとっても嬉しくなりました。
「よし!また働くぞー」
次の瞬間......ポイ!
清掃のおじさんが、スチローをゴミ置き場に捨てました。
「え! どうして!?」
ふと横を見ると、同じように発泡スチロールの箱が捨てられていました。
「こんにちは、私はチロル。この市場ではリサイクルができないの。だから私たちは燃やされたり、埋め立てられたりしてしまうのよ」
スチローは言いました。
「そんなのいやだよ...もっとみんなが喜ぶ姿を見たいよ」
「リサイクルができる大きな市場へ行けば、捨てられずに生まれ変われるらしいの。一緒に探しに行かない?」
「うん。行こう!」
市場を巡っていると、太ったネズミさんに出会いました。
「大きな市場にいるショリキチが、生まれ変わらせてくれるらしいネズ」
ボラさんと出会いました。
「インゴットという姿になって大きな船に乗るらしいボラ」
カモメさんに出会いました。
「大きな市場に行きたいって ? あたいが運んでやるモメ。乗りな」
「うわぁー!」
「大きい市場だぁ」
「ここでいいモメ?」
「カモメさんありがとう!」
市場の中には、発泡スチロール箱が並んでいる列がありました。
その中にいた背の高い箱が言いました。
「この列に並んでよん、ショリキチがインゴットという姿に変えてくれるんだよん」
「わ!」
大きな機械があらわれました。みんなは次々にショリキチに飛び込んでいます。
「さぁ!私たちも飛び込みましょう!」
「こわいよぅ......バリバリ音は聞こえるし、熱そうだよ」
「わたしのお腹はとても安全だ。インゴットに変身して旅支度するがいい」
二人は目をつぶってショリキチのお腹へ飛び込みました。
「えいや!」
ぐるぐるぐるぐる~~!まわって細かくされて、熱いところをとおって、固められて......
「力が湧いてくる!今までよりも強くなったみたい!」
二人はインゴットという形になりました。
そして、たくさんのインゴットたちと一緒に大きなコンテナ船に乗りこみました。
商社のおじさんが言いました。
「マレーシアまでいってらっしゃい!」
日本からマレーシアまでは 5,000キロ、2週間の旅です。
「ぼくたち、どんな姿に生まれ変わるんだろう」
とちゅう、海に浮かんでいる悲しそうな発泡スチロールを見ました。
「君たちもショリキチさんに会えたらよかったのにね」!!!
コンテナ船を見上げていた伊勢海老となまこが話しています。
「海の中にも、人間たちが出したプラスチックやいろんなゴミがいっぱいエビ」
「きちんとリサイクルしてほしいなまこ」
2週間後、マレーシアに着きました。
リサイクル工場のおじさんがスチローとチロルを別々の機械へ入れました。
「チロルありがとう。また会えるといいな」
「ありがとう。生まれ変わってまた会いましょう」
機械から出るとスチローは立派な額縁になりました。
そして日本に戻ってきて、ホームセンターのインテリアの棚に並んだのです!
「この額縁ステキ。すごく軽いわ、リサイクルプラスチックでできているのね」
「長い長い旅をして、僕は魚箱から額縁になったんだ」
スチローは得意げに言いました。
スチローは額縁として、女の子のいる家にやってきました。
スチローはとっても嬉しそうです。
だって、お母さんと女の子の喜ぶ顔が見れたから。
そ れにね、女の子が持っているのは、ボールペンになったチロルだったんだもん。
こうしてスチローの10,000kmの旅が終わり、夢がかないました。
1)世界一の発泡スチロールインゴットリサイクル「 J-EPS recycling」
スチローとチロルは世界を旅します。1970年代、築地市場では発泡スチロール製の魚箱が大量に廃棄されていました。立ち上る黒煙を見た(株)パナ・ケミカルの犬飼重平社長は、廃棄された発泡スチロールをもう一度使う方法を考え、魚箱をインゴットにする処理機の開発と販売、そしてインゴットを買い取る仕組みを作りました。この仕組みは全国に広がり、世界一のリサイクルの輪が生まれました。
(2)発泡スチロールリサイクル処理機の進化
スチローをインゴットに変身させるショリキチ。
発泡スチロールインゴットリサイクル処理機は、発泡スチロールを破砕し、異物を取り除き、熱で1/50に減容、インゴットに成形します。大型機から小型機まで、多様な現場に対応した処理機は進化を続け、日本中で活躍しています。
(3)発泡スチロールインゴット一万キロの旅
スチローは長旅をして額縁に生まれ変わります。日本で普及している発泡スチロール製の魚箱は使用済みになるとリサイクル処理機でインゴットになります。海外のリサイクル工場では額縁や断熱材、スピーカーの部品といった製品に生まれ変わって世界中を駆け巡り、一部は日本に戻ってきています。
(4)仕組みを支える「人の環」
スチローの旅には働くおじさんたちが登場します。
「J-EPS recycling」は、処理機でインゴットをつくる人、インゴットを買う人、運ぶ人、処理機を設計する人、海外でリサイクルする人、何千人もの人々が関わっていて、たくさんの「人と人の環」が「J-EPS recycling」を支えています。
(5)日本の輸出資源「J-EPS recycling」
スチローをはじめ、たくさんの発泡スチロールが世界を旅して色々な製品に生まれ変わっています。「J-EPS recycling」は 45年間で約150 万トンもリサイクルしてきました。インゴットは世界中にプラスチック原料として輸出されており、これは日本が誇るプラスチック資源輸出と言えるのです。
(6)「J-EPS recycling」の未来
世界では発泡スチロールのリサイクルが進んでいません。海洋に流出するゴミを減らすためにも「J-EPSrecycling」の技術と仕組みを世界に伝えていく必要があります。そのために一般社団法人 J-EPS recycling 協会は海外に情報発信しています。10年後、日本発祥のこの仕組みが、もっと世界中で使われるよ うになり、すべての発泡スチロールが海に捨てられずに資源として流通する日が来るといいですね。